あけました。
あけたね。いや、あけた。よかった。
おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
これは毎年言い続けてることなんだけど、
僕に関わる全ての人にとって、
笑顔でいられる時間が、
涙の時間よりも一瞬でも多くなることを、
心から願っています。
さてさて、思えば例年、
年始にその一年のスローガンを決めて、
何かしらのSNSに書いていた。
実感として、密かに思い続けた願いよりも、
口に出した願いのほうがたくさん叶ってきたので、
ある種のゲン担ぎみたいなものだった。
ただ去年はそれをしなかった。
いや、しなかったというよりは、
精神的にドン底だったので考える余裕もなかったみたいで、
すっかり忘れてしまっていた。
だから今年は2年ぶりに。
ズバリ『大好きな自分』を目指してみる。
普段の自分は謙遜や自虐ネタに走ってしまうけれど、
実は誰かの「そんなことないですよ」を待ってしまっている。
まあようするに、自分に納得がいってないし、
今の自分のことは好きじゃない。
だから誰かに認めてもらうことで価値を見出して、
情けないほど弱い心をどうにか保ってる。
だけど果たして、自分ですら嫌いな自分を、
誰かが本当に認めてくれることはあるのだろうか。
そんな当たり前のことに、恥ずかしながら今さら気づいた。
とにかく、もしも自分が他の誰かの立場だった時に、
人としても、男としても、惚れてしまうような自分を目指してみる。
きっと簡単じゃないだろうけど、小さなことからコツコツと。
ゴミはすぐに捨てるとか、朝からシャキっとするとかね。
と、いうわけで、昨日はその改革の第一歩。
つらい思い出のたくさん詰まった、徳島へ約400日ぶりの訪問。
徳島での日々は面白おかしく話しているつもりだけど、
正直まだまだ傷を引きずっていると思う。
良いことも悪いこともたくさんあった日々。
その中で、残念ながら笑顔の時間より涙の時間が多くなってしまった地。
懐かしい場所を巡りながら、
悲しい思い出は楽しい思い出に書き換えてきたつもり。
いつまでも過去に縛られている、自分の嫌いなところのひとつ。
だけどこれできっと、前を向いて生きていられる。
またひとつ自分を好きになれる。
本当はそんな簡単なものじゃないかもしれないけど、
そう思える節目が、何よりも大事なんだ。
新年早々、長ったらしく書いてしまった。
相変わらずまとまりのない文章。
でもこれは自分らしくて好きなところ。
思ったことはすぐに吐き出して、積み重ねていきましょう。
気が付けば、2018年も残り数時間。
嬉しいことも、悲しいことも、いっぱいあった。
ただ、昨年は食品工場で迎えた年越しだったと思えば、
今はとても充実している。
きのうの晩は学生時代の仲間と飲み会。
忘年会ならぬ望年会。
なんだか、その当て字が素敵だなと思う。
どうせなら未来を見ていたい。
改めてそんな気持ちにさせてもらった。
いろんな人に支えられて生きていると実感した1年。
同じように、私を必要としてくれる誰かのために、
素直に生きられたらと思う。
まあ、新年の目標は年が明けてから書くか。
誰も見ていない日記だけれど、最後に一言だけ。
今年もお世話になりました。
みなさんに一瞬でも笑顔の多い新年が訪れますように。
よいお年を。
メリークリスマス。
いや、まだ23日だけど。
そういや「メリー」ってどういう意味なのか。
調べてみたら「楽しい」とか「陽気な」とかだって。
「リア充爆発しろ」なんて口では言うけど、
別に楽しくないわけでもないし、
実際は特に代わり映えのしない週末。
2度目のメリークリスマス。
やっぱりまだ23日だけど。
トナカイで空を飛ぶサンタクロースはいないけれど、
誰しもが大切な人のサンタクロースになれる。
それもまた夢のある話だと思う。
最後にもっかいメリークリスマス。
素敵な夜をお過ごしください。
残念ながら、誰かのサンタになる予定はないけど。
寂しくなんかないんだから。
たまには入院中の母のところへ顔を出そうと、
今日は車で通勤。
いつもは片道しか使わない高速も、
たまには往復つかってみる。
そして、たまには平日もこうして
日記を書いてみる。
世の中の当たり前は大抵、
最初からそこにあったわけじゃない。
だから「たまには」の心はいいことだ。
きっと、いつか当たり前になる日が来る。
スマートなことを言うと照れてしまって、
結局すべてを台無しにする一言を呟いてしまう、
職場でのいつもの一コマ。
お高く留まらない自分は結構好きだけど、
裏返せば自分に自信がないだけ。
たまにはカッコつけてみようかしら。
今の自分にはクサくとも、
いつか当たり前になる日がくるかもしれないし。
母が再び入院した。
退院からわずか1週間のこと。
術後の経過がよろしくなく…
といっても、命にかかわるような重篤なやつじゃないから、
特に心配はしてないのだけれど。
(まあどんな病気も最後は命にかかわると言われたらそうかもしれんが)
またしばらく、父と二人暮らし。
相変わらず、自分自身ぐらいの世話なら出来るが、
他人の世話までようやらんと思う。
作ったばかりの豚汁を
「冬場いうても腐るし…」と、
翌日の晩に捨てられちゃ多少は腹も立つ。
もうちょいイケるやろと。
帰宅してすぐに食器を片づけてくれるのはいいけど、
立て続けに手を滑らせて食器を割るぐらいなら、
まずはその肩にかけたカバンをどこかに置きなよと、
小言の一つも言いたくなる。
とはいえ、具合の悪かった母をたぶん誰より心配していたのは父。
再入院となったその日も、夜の11時ごろに病院へ連れていき、
検査やなんやで翌朝5時ぐらいまで付き添い、
そのまま仕事へ向かった父。
残念ながら、私はそういう優しさは持ってない。
だから素直に凄いなと思う。
「おもいやり」とか、言葉じゃ簡単にまとめられるけど、
その形は人それぞれ。
あんまりグチグチ言わず、自分が出来ることをやるのが大事かなと、
少しマジメになって考えてみた。
今日のブログは、書きたかったことが書けた気がする。