母が再び入院した。
退院からわずか1週間のこと。
術後の経過がよろしくなく…
といっても、命にかかわるような重篤なやつじゃないから、
特に心配はしてないのだけれど。
(まあどんな病気も最後は命にかかわると言われたらそうかもしれんが)
またしばらく、父と二人暮らし。
相変わらず、自分自身ぐらいの世話なら出来るが、
他人の世話までようやらんと思う。
作ったばかりの豚汁を
「冬場いうても腐るし…」と、
翌日の晩に捨てられちゃ多少は腹も立つ。
もうちょいイケるやろと。
帰宅してすぐに食器を片づけてくれるのはいいけど、
立て続けに手を滑らせて食器を割るぐらいなら、
まずはその肩にかけたカバンをどこかに置きなよと、
小言の一つも言いたくなる。
とはいえ、具合の悪かった母をたぶん誰より心配していたのは父。
再入院となったその日も、夜の11時ごろに病院へ連れていき、
検査やなんやで翌朝5時ぐらいまで付き添い、
そのまま仕事へ向かった父。
残念ながら、私はそういう優しさは持ってない。
だから素直に凄いなと思う。
「おもいやり」とか、言葉じゃ簡単にまとめられるけど、
その形は人それぞれ。
あんまりグチグチ言わず、自分が出来ることをやるのが大事かなと、
少しマジメになって考えてみた。
今日のブログは、書きたかったことが書けた気がする。
相も変わらず週末しか書かないブログ。
12月になり気がつきゃ忘年会シーズン。
金曜日、職場の人たちとご飯へ。
夏の終わりからずっと計画されていたので、
何か月越しになるのだろう。
だから忘年会はまた別にあるのだけれど。
春から今のところで働きだして早8ヶ月。
以前の職場では従業員同士の交流なんてほとんど無かったから、
こうして食事に行ったり出来ることが新鮮だし凄く嬉しい。
マジメなダメ出しも食らったけど、それでも楽しかった。
ふと、「そういや忘年会って何を忘れる会なんだろう」なんて思ったり。
調べると、その年の苦労を忘れるために行う宴会って意味らしい。
そう考えれば、名目こそ忘年会じゃ無かったけれど、
辛かった1年前のことを忘れ去らせてくれる、
私には唯一無二の「忘年会」だったかも知れない。
今この時がとっても幸せだ。
そうそう、その食事の席で、
「元カノの話をしたら300円の罰金」とかいう謎ルールを作られた。
何を根拠に300円か分からないし、そもそも払う気は無いけれど、
自虐ネタもいい加減にしようとは思う。
いっても別れるだいぶ前から恋愛感情なんて失ってたから
未練はまったくないんだけど、
やっぱり人を傷つけた記憶は1年以上経っても引っかかる。
その辺も、上手い具合に忘れたい。
母がいない。入院中。
だからといって、特に何かが変わるかと言えば、
大きな変化ではないのだけれど。
でもとりあえず、
自分の世話なら一人暮らしの経験もあるし
それなりに出来るけど、
他人の世話まではやってられんわなと思う。
母がなぜ入院しているかと言えば手術を受けたからなんだけど、
付き添っていた父は手術当日の晩やたらと饒舌だった。
手術を待っている間の話や、術後の母の様子など、
こっちは聞いてもいないのに事細かに話してくれた。
飄々としているようで、相当心配していたのだろう。
かくいう自分は薄情な息子に見えるかもしれないけど、
一応これでも全身麻酔で手術したことはあるので、
(母と比べても本当にしょうもない手術だったけど)
そのどれもが「ま、そんなもんでしょ」ぐらいでしかなくて、
別にまったく心配していなかったわけではない。
お見舞いに向かう父に、
差し入れとして星野源のクリアファイルを持たせるぐらいには(笑)
そういえば自分が手術したときは、
人生で一番のスリムさだった。
ただでさえ痩せていた時期だったのに、
病院食はお粥続きで、10日間の入院でゲッソリといった記憶。
たぶん今より15kgは軽かったな…なんて。
つい最近から、また筋トレを始めた。
そんなたいそうなものでもないけれど、ちょっと手を施さなきゃいかんと、
さすがにそう思うようになったから。
1ヶ月ほど前に撮られた自分の動画を見て、
その頬っぺた周りのぜい肉がブルンブルンと揺れる姿に、
我ながら悲しくなった。
まずは-5kgぐらい、覚悟を決めて目指してみようか。
そうそう、今週はずっと頭に流れていた曲がある。
マキシマムザホルモンの
『これからの麺カタコッテリの話をしよう』
そうだね。ダイエットしようと思っているときに聞いてはいけない曲だね。
職場の人に薦められた結果、頭から離れなくなってしまった。
ポンデリング俺めっちゃ好き。もう、ダメだわ。
たぶん明日あたりポンデリング買っちゃってるわ。
もし今以上に太ってしまったら、それはホルモンのせいということで。
さてさて、思いついたことを考えもせずまとめもせず書いてみたら、
いつになく長文になってしまった。
いいことを言おうだとか、センスある自分でいようだとか、
そんな考えさえしなければ、日常は意外と彩られているのかもしれない。
少なくとも、難しく考えてこんな日記さえ書けなくなる自分よりは、
今日の自分のほうがよっぽど好きだ。これ、きっと、いい気づき。
いい感じになったところで、主夫でもやってきますか。
日曜日は友人夫婦と外出。
オリックスのファンフェスタへ。
佐藤達也の引退セレモニー。
現役生活はたったの7年間。
それでも濃密なプロ野球人生だったと思う。
一瞬の静寂の後、
場内に響き渡るロードオブメジャーの心絵。
マウンドに上がるだけであれほどゾクゾクさせてくれる選手は、
他を見渡しても彼しかいなかった。
プロ野球はエンターテインメントだ。
たとえ弱くても、心を動かす何かがあればそれでもいいと思う。
(もちろん勝てるなら勝ってほしいけど)
そういう意味では、手にした個人タイトルを抜きにしても、
サトタツは間違いなくスター選手の1人だった。
この日、場内では他にもたくさんの催し物があったけど、
正直どれもしょっぱさは否めなかった。
だけど、いつものように響く心絵。
そして最後のマウンドへと駆ける背番号15。
「プロ野球」が、たしかにそこにあった。
金曜日。ひとつ、年を取った。
25歳。四半世紀。
もう25歳かとも思うし、まだ25歳かとも思うし、
なんだかよく分からない。
ただ四捨五入すれば30歳。
そう思えば、いわゆる「アラサー」ってやつに
足を突っ込んだんだなと。
男は30からだと思っているから、
年を取ることが今はまだまだ嬉しいけれども、
少しは色気のある男になれたらな…なんて。
女性を前にすると、
相変わらず上手く喋れないガキなんだけどね。
で、25歳になって初めての週末は、
ライブハウスで歌ってきた。当然、初体験。
ウチの母は50歳にしてドラムを始めたのだが、
通う音楽スクールの発表会が今日。
リハーサルもしたらしいのだが、
どうもボーカルの人と合わなかったようで、
代わりに歌うことになったのは昨晩のこと。
趣味はヒトカラと言えるほど歌うのは好きだし、
最近になって気づいたけど割と目立ちたがりだし、
知ってる曲だし、予定はなかったし。
楽器が苦手だからこういう場所とは無縁だと思っていたけど、
人がいる前で生演奏を背に歌うのは楽しかった。
あくまで主役は母で、私はただのお手伝い。
だけどこんな貴重な経験をさせてもらってありがたい限り。
足を引っ張らないように、声量だけは出してきたつもり。
波乱の幕開けだった26年目の人生。
ノリと勢いと度胸で、ボチボチやっていきますかね。