「例えば5分でやらなければならない仕事があって、
合格ラインが60点で充分なら、
完璧を求める必要はない。
もちろん点数が高いに越したことは無いが、
5分で60点が出せるなら、
それは仕事ができるということ。」
かつて自信を無くしていた私に
そんな話をしてくれたのは、
昔の職場でお世話になった人。
ガミガミと厳しいことを言う方だったが、
時にやさしく、どこか憎めない方でもあった。
たった1年半で仕事を辞めた私に、
「その根性ならきっと大丈夫」
と声をかけてくださったのもこの方だった。
いくつもの教えが、
今の私を作っていると思う。
今日は、そんなあの人の言葉を
思い出した1日。悪くない。
朝起きる。
髪を切る。
美味しいものを食べる。
友人と話す。
買い物に行く
応援してるサッカーチームが勝つ。
音楽を聴く。
そして、夜になれば寝る。
すべてが揃った日曜日。
あしたからまた頑張ろう。
祝日だけど、仕事だ。
父の部下に、
どうしようもない人がいるらしい。
その愚痴をよく聞くのだが、
どうやらその人は、
もう父に対して
ビクついてしまっているようだ。
私は、なんだかなと思った。
大人だから、何度も失敗できない。
数少ないチャンスを、
確実にモノにしないといけない。
それは分かってる。
分かってるけど、
チャンスをモノに出来なかった人間は、
その先どんな道を歩んでいくのだろう。
前の職場での自分がそうだった。
何度か貰ったチャンスを
モノに出来なかった。
自分に対する不甲斐なさを
感じる一方で、
失っていく信頼や期待を
露骨に見せつけられ、
どう振る舞っていいか分からなくなった。
よくスポーツ選手なんかに
「イップス」という言葉を使うが、
どんな人間にもイップスはあると思う。
自信を失くしてしまうと、
失敗が失敗を呼ぶようになる。
こうなってしまえば
悪いように向かう一方だ。
社会で生きていくには
ぬるい意見なのかも知れないが、
信頼されてない人間は、
挽回するチャンスすら
与えてもらえないのである。
機会はあったとしても、
精神的に成功はなくて、
明らかな負け戦をチャンスとは
呼べないのである。
幸い、新たな職場では
今のところいい調子だ。
たとえ失敗しても、
信じてくれる人たちがいる。
結果が大事なのが
社会というものであっても、
もう少し寛容な世の中で
あって欲しいと願う。
仕事が遅番の日は定時だとしても
帰るのが9時過ぎで、
どうせすぐに寝るのだからと
外で食べることにしている。
今晩は吉野家。
牛丼を並盛つゆだくで。
80円引きのクーポンを持っているので
たった300円だ。
しかし、頼んで待てど
なかなか来ない。
その時間、実に8分。
大抵の場合、
息をつく暇もないぐらい
すぐに出てくる吉野家で、
8分とはだいぶ長い。
すぐに食べれるからこその
牛丼ではないか。
そんなことを考え、
「まだですか?」
と聞きそうになった。
そんな時、ふと思った。
数ヶ月前だろうか、
「牛丼は自炊すればもっと安い」
という旨のツイートが炎上していた
ことがあった。
たしかに、自分で作れば
安いのかもしれない。
だけど牛丼の数百円には
下ごしらえや後片づけの
手間も含まれている。
炎上したのはその辺りを無視した
論理だった上に、
牛丼チェーンに通うことを
悪とする論調だったからなわけだが、
これら全てを考えてみれば、
牛丼屋は偉大だ。
頼めば出てきて、
味は美味しくて、
片付けなくてもいい。
それがたった300円程で済むのだ。
なんてありがたい話だ。
提供が遅いことに、
一瞬でもイラっとした、
自分のなんと情けないこと。
この世の当たり前は、
たくさんの努力の上に成り立っている。
もう少し感謝して生きていよう。
今晩のこと。
ふとしたことから、小学校の時の学級新聞や作文が出てきた。
懐かしいものに想いを馳せたが、
同時に、自分のやらしさも存分に感じた。
当時の自分から滲み出る
「先生はこういうのが好きなんでしょ?」
と言わんばかりの文章。
今も変わらない性格の悪さが、
この頃からハッキリと表れていた。
今もコネで仕事をしている、
中途半端な世渡り術は、
どうやら10年以上前から発揮していたらしい。
変わりたくても、人は変わらないものだ。
そういえば朝の駅で小学校の同級生を見かける。
まあまあ仲が良かった(と思う)女の子。
決してかわいいタイプじゃなかったけど、
面倒見がいいクラスのお姉さんという感じで、
いわゆる「好きな子」だった。
今も惹かれてしまうのは、
そういうお姉さんタイプの女子。
良いのか悪いのかは分からないが、
心はクソガキのころのままのようだ。