サッカーが好きだ。
以前ほどではないが、相変わらず試合は観に行く。
つい先ほど、日本代表の欧州遠征メンバーが発表された。
宇佐美貴史の代表復帰。
とても嬉しい。
地元であるガンバ大阪を中心に観戦しているので
多少の贔屓目もあったりするが、
正直、彼ほどの才能の持ち主は、日本人では見たことがない。
独特のステップで相手をかわすドリブル。
広い視野を生かしたトリッキーなパス。
小さな足の振りから放つ強烈なシュート。
これら攻撃の技術だけでいえば、
十分に世界のトップレベルだと考えている。
だが2度目の海外挑戦となったこの2年ほど、
彼は苦境に立たされていた。
ドイツの1部リーグでは出番が限られ、
移籍した2部のクラブでもレギュラーを確保とはならず。
かねてより指摘されていた守備力やコミュニケーション力が
足を引っ張ったのかは定かでないが、
卓越した才能を持ちながらも、力を発揮することは出来ていなかった。
しかし2018年に入り、突如として宇佐美は息を吹き返した。
現在4試合連続ゴール。そして、代表復帰の運びとなったわけだ。
原口元気。
彼が宇佐美とチームメイトになったことが、キッカケだったと思う。
原口もまた苦境に立たされていた。
もともとドイツ1部リーグで活躍していたが、契約の延長を巡りクラブと対立、
干される形で出番を減らしていた。
そして出場機会を求め、宇佐美と同じ2部のクラブへと移籍してきた。
そもそも宇佐美と原口はライバル関係である。
宇佐美はガンバ、原口はレッズと、東西を代表するクラブのアカデミー出身。
同世代であり、同じポジションであり、ともに高校時代からプロでレギュラーとして活躍するほど、将来を嘱望される選手だった。
そんな彼らが海外の同じクラブで出場機会を争う。
ワクワクと同時に、その先に残酷な結末を想像する不安もあった。
ところが蓋を開けてみれば、どちらかがレギュラーの座を制するということは無かった。
彼らは争うわけでもなく共存した。
そして互いに、好調なチームを引っ張る存在となっている。
どこかの記事で読んだが、原口の加入後、宇佐美は明るくなったという。
そういう変化がチームメイトの信頼へつながり、
結果に結びついているのではないだろうか。
ライバルと思われていた2人だが、異国の地で、
分かり合える人がいるというのは、とても心強いのだろう。
仲間の存在は、時に大きな力になるものだと、改めて思った。
さて、そんな私はこれから大学時代の仲間と飲みに出かけてくる。
なんだかんだと楽しみにしていたそれは、
殺伐とした日常に現れたオアシスのよう。
大きな力かどうかは分からないが、やはり、心強い。
靴を買った。
春から勤める職場に履いていくもの。
赤茶のビジネスシューズ。
そこまでカチっともしていなくて、
カジュアルに普段使いもできそうで気に入った。
お値段は1万円少々。
レジで支払うときは、若干躊躇いもあった。
プライベートなシーンでは大体スニーカーだ。
VANSの4千円程度のスニーカーがお気に入りで、
真っ白なそれの、シューレースだけを変えるのがこだわりだ。
徳島のときは仕事が仕事だったこともあって、
コーナンのスニーカーを好んで履いていた。
パッと見アディダスと間違えるようなデザインに、
プラ芯の入った安全靴仕様。
履き心地はさすがにイマイチだったが、
約1500円という価格に惹かれていた。
だから、新たに買った靴の1万円というのは、
どこか履くのに気を使うものだったりする。
とはいっても、ちゃんとしたものを買うならばこのぐらいの値はするものだろう。
ついでに、カバンも探してみた。
まだ買ってはいないが、良さげなものはいくつかチェックしてみた。
値段はどれも1万5千円前後。
こちらも同じようにコーナンのカバンを使っていたことを思うとだいぶ高い。
うーん。
新生活の期待と不安を、モノの値段で感じるのだった。
このところ体調が優れず、
朝起きると喉は痛み、鼻はつまり、それは不愉快な目覚めだ。
ふと、窓枠のカビや部屋中に散らばった埃が気になり、
部屋をキレイにすれば多少の改善になるはずと掃除に勤しんだ。
それはそうと、何かに追われているにもかかわらず、
突然として掃除をしてしまうのは、おそらく多くの人に経験があるだろう。
それを、セルフ・ハンディキャッピングというらしい。
失敗を外的要因のせいにする自己防衛の一種で、
無意識に組み込まれていることが多いとかなんとか。
もっとも今日の場合、
とくに追われていることは無かった。
先に述べたように、単純にキレイにしたくなっただけである。
片付いた部屋は、心なしか空気も澄んだような気がする。
実に快適だ。
さて、こうなれば体調が優れないことを、
部屋が汚いという外的要因のせいには出来ない。
やってることは同じなのに、ハンディキャップを一つ取り除いたのだった。
もう7年というべきか、まだ7年というべきか。
当時は高校生で、その日は授業がなく昼ごろに起き、
優雅にご飯を食べ、シャワーを浴び、
パソコンの前に腰かけたぐらいのタイミングだったと思う。
「ちょっと寝すぎたかな」
と勘違いした、不意に襲う目眩の正体は、
遠い東北の地を揺らした地震だった。
慌てて点けたテレビに映るのは、
多くの家や車が津波に飲み込まれていく様子。
唖然としたが恐怖は一切なく、どこか淡々と、その映像を眺めていた。
あの日も、今も、
身の回りはいたって平和だ。
テレビに映る光景がいつもと違っていただけで、
なんてことのないただの1日だった。
とはいえ、どこか心に大きな何かを残していったのもまた事実。
関係ないようでいて、毎年、いろいろと考えさせられる。
大切な人やモノを失った誰かの気持ちを、
遠く関西に住む私が計り知ることはとても出来ない。
だから、簡単な言葉で片付けたくない。
とりあえずは、このモヤモヤを心で消化していけたらと思う。
生きていて、
頭を使うことが少ないなーと思う。
人間は不思議と、
普段からある程度やっていることでないと、
咄嗟に行動できなかったりする。
徳島にいた頃は声を発することがあまりに少なくて、
喋らないといけない時に
声が出ないなんてことがちょくちょくあった。
なので定期的にヒトカラに行って、
大声を出し、咄嗟の場面でも喋れるようにしていた。
お陰で少し歌がうまくなった気がする。
頭も同じようなもので、
何も考えずに生活してたら、
考え事をするときに全くまとまらなかったりする。
なのでこのブログは普段から頭を使うようにと思い、
とりあえず始めてみた側面もあったりする。
とはいえ、
何気ない日常の中からネタを引っ張り出すのは大変だ。
こういう時、何も考えずに生きてるんだと実感する。
もちろん、今日も。
ネタがないことをネタにする、
苦し紛れの文章を書いてしまった。
もう二度と、この手は使えない。困った。